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2011年12月17日(土)〜2012年2月12日(日)森アーツセンターギャラリー『没後150年歌川国芳展』に5組10名様をご招待!

森アーツセンターギャラリーでは、2011年12月17日(土)〜2012年2月12日(日)まで、『没後150年 歌川国芳展』を開催。これを記念して、同展覧会にDSQUARE読者5組10名様をご招待!
公式サイト:http://kuniyoshi.exhn.jp/
森アーツセンターギャラリー:http://www.roppongihills.com/art/macg/
 歌川国芳(寛政9(1797)〜文久1(1861))は、画想の豊かさ、斬新なデザイン力、奇想天外なアイデア、確実なデッサン力を持ち、浮世絵の枠にとどまらない広汎な魅力を持つ作品を多数生み出した絵師です。その作品は、浮世絵ファンのみならず、現代のデザイン関係者や若い世代の人々にも大いに注目されています。国際的にも高い評価を得ており、2009年にはロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで大英博物館所蔵による「KUNIYOSHI」展が開催され、COOLな浮世絵として評判を呼び、この展観は2010年にはニューヨークでも開催されました。

 国芳の魅力は、なんと言っても、その画想の自由さ、限りなく広がるイマジネーションの世界にあります。物語の夢と冒険とロマンの世界を具現化する手腕においては、国芳は他に並ぶ者のいない卓越した才能を示し、まさに、江戸のグラフィックデザイナーとも称すことができます。

 2011年は国芳の没後150年にあたります。本展はこれを記念し、国芳の代表的な作品は勿論、これまでの展観では未紹介であった傑作、新発見の優品の数々を含む420余点を展観し、国芳の多様な画業をふりかえり、新たにその全貌を明らかにしようとするものです。今回の展覧会が国芳の魅力を堪能できる稀有で貴重な機会となることは疑えません。

今回の開催を記念して、『没後150年 歌川国芳展』ご招待券DSQUARE読者5組10名様にプレゼントいたします! 応募は >> こちらから

『没後150年 歌川国芳展』概要
展覧会名 没後150年 歌川国芳展
Kuniyoshi:Spectacular Ukiyo-e Imagination
開催期間 2011年12月17日(土)〜2012年2月12日(日) 計57日間
前期:2011年12月17日(土)〜2012年1月17日(火)
後期:2012年1月19日(木)〜2月12日(日)
開館時間 月・水〜日曜日 10:00〜20:00、火曜日 10:00〜17:00
(いずれも最終入館は閉館30分前まで)
休館日 2012年1月18日(水)※作品展示替えのため
開催場所 森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ森タワー52階)
六本木ヒルズへのアクセス[→ウェブサイト
東京メトロ日比谷線「六本木駅」1C出口 徒歩0分
都営地下鉄大江戸線「六本木駅」3出口 徒歩4分
東京メトロ南北線「麻布十番駅」4出口 徒歩8分
都営地下鉄大江戸線「麻布十番駅」7出口 徒歩5分
東京メトロ千代田線「乃木坂駅」5出口 徒歩8分
住所:〒106-6150 東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー52F
出品作品 約420点(錦絵をはじめ、肉筆、板木・版本ほか)
※前期・後期でほぼすべての作品が入れ替わります
主催 日本経済新聞社、森アーツセンター
後援 毎日新聞社
協賛 SMBC日興証券、NEC、トヨタ自動車、日本興亜損害保険
お問い合せ ハローダイヤル:03-5777-8600
展覧会公式ホームページ:http://kuniyoshi.exhn.jp/


観覧料金
入館料 当日券 前売券
一般 1500円 1300円
学生(高校・大学生) 1200円 1000円
4歳〜中学生 500円 400円
展望台・森美術館とのセット券 当日券
一般 2500円
学生(高校・大学生) 2000円
4歳〜中学生 800円
※前売券は11月1日(火)から12月16日(金)まで、チケットぴあ、ローソンチケット、イープラスなど主要プレイガイドで販売。
※障害者手帳割引有り。通常料金の半額(一般750円、学生600円、4歳〜中学生250円)、介助者は1名様まで割引金額適用。
※早割りペア券(2名分)2000円(一般のみ)は、10月3日(月)から10月31日(月)まで、チケットぴあ、ローソンチケット、イープラスなどで期間限定販売。
※夜間ペア券(一般2100円、学生1600円、4歳〜中学生600円、2名分)は、11月1日(火)から12月16日(金)まで、イープラスのみで販売。※17:00〜20:00(入館は19:30まで)、火曜日のご利用は不可


展示概要
〜幕末の奇才浮世絵師 歌川国芳とは〜
【生い立ちから下積み時代】
歌川国芳は、寛政9年(1797)11月に江戸日本橋本銀町一丁目で生まれました。子どもの頃から絵が好きで、12歳の時に鍾馗(しょうき)を描いて歌川豊国に認められ、入門につながったと伝えられています。しかし、その後の国芳の作品は僅かな数しか確認されておらず、浮世絵師としては困窮の時代を過ごしていたものと見られます。

【才能の開花】
不遇の時代を送っていた国芳に、一躍脚光を浴びせたのが、文政10年(1827)頃から版元加賀屋によって出版された「通俗水滸伝豪傑百八人之一個」のシリーズです。通俗水滸伝シリーズの大当たりの背景には、当時の文芸界の水滸伝ブームや彫り物の流行などがあり、それまでの武者絵にはみられなかった小説の登場人物を一人一人描くといった企画は、武者絵の世界に大きな革新をもたらしました。

【幅広く大胆な作画活動】
水滸伝シリーズが大好評を得たことにより、浮世絵師としても地盤を固めた国芳は、天保以降、他のジャンルでも幅広く作画活動を展開。西洋画の表現を取り入れた風景画にも取り組み、広く画法を学ぼうとする国芳の真摯な努力と研究心をみることができます。また、大判三枚続のワイドな画面いっぱいに巨大な物体を描いた、ダイナミックな構図の武者絵など、豊かな画想による魅力的な傑作を次々生み出しました。

【幕末の情報メディアとしての国芳】
天保13年(1842年)には老中水野忠邦が行った天保の改革の一環として、役者・遊女・芸者などの絵を出版することが禁じられました。錦絵の版元たちは大きな打撃を受けましたが、この禁令により、戯曲や子ども絵が多く出版されるようになり、この分野でも国芳は縦横無尽に筆をふるい、機知に富んだアイデアに富む作品を多く描いています。戯画の種類は様々ですが、擬人化された動物や器物などは、表情や仕草にいたるまで江戸っ子の生態そのもので、滑稽であるばかりではなく、権威を嫌う江戸っ子の特徴も反映されているかのようです。「源頼朝公土蜘蛛妖怪図」は、天保改革を諷刺した絵という浮説がたって、巷で大変な評判をなり、幕末の諷刺画流行の端緒を開きました。国芳は当時の世間の流行を題材としたトピック性のある錦絵を多数描いており、幕末の情報メディアをしての役割を担った絵師としても、最も活躍しています。

 文久元年(1861)3月5日、国芳は玄冶店(げんやだな)(現在の日本橋人形町)の自宅において、65歳で没しました。国芳の残した自画像は、すべて後ろ姿で、自らの顔や描いていません。幕末の奇才浮世絵師は、その作品の通り、職人肌の典型的な江戸っ子でありました。


【作品解説】
<通俗水滸伝豪傑百八人之壹人 浪裡白跳張順(ろうりはくちょうちょうじゅん)>
通俗水滸伝豪傑百八人之壹人 浪裡白跳張順1828-29年頃(文政11-12年頃)
浪裡白跳張順が、西湖の水門を潜って杭州城に忍び込み、湧金門の水門を飴細工のように捻じ曲げて破った場面。
この後、跳張順は、敵兵の集中攻撃を受け水中で最後を遂げる。
白い肌に浮かび上がる彫り物の藍、褌(ふんどし)の紅、水門の黒の対比が美しい。
[前期展示]


<真田与市能久(さなだのよいちよしひさ)・俣野五郎景久(またののごろうかげひさ)>
真田与市能久俣野五郎景久
1835年頃(天保6年頃)
石橋山の戦いで、源氏方の若武者真田与市は平家方の俣野五郎と組討になり海面近くまで転がり落ちた。真田は血糊が固まって刀が鞘から抜けず、そこへやってきた俣野の郎党の長尾新六によって首を落とされてしまう。大判三枚続に3人の武者姿を最大限にクローズアップした大迫力の作品。
[前期展示]

<鏡面シリーズ 猫と遊ぶ娘>
<鏡面シリーズ 猫と遊ぶ娘>1845年頃(弘化2年頃)
鏡に映った美人のさまざまな表情を描くシリーズ。鏡面の藍の部分には雲母(きら)を使って反射する質感が表されている。商家の若い娘が鏡に向かって猫に踊りを踊らせて遊んでいるようで、色数が制限されていた時代の作品ながら、揩も彫も見事で、格調と気品すら感じられる。
[前期展示]

<おぼろ月猫の盛>
<おぼろ月猫の盛>1846年(弘化3年)
天保の改革により、遊女を描くことが禁止されたため、吉原の格子先の賑わう様子が擬人化された猫により描かれている。鈴や小判、蝶など着物の柄も猫に縁のものであり、三毛猫の駕籠かきの背中も刺青のようで面白い作品。
[後期展示]

<きん魚づくし ぼんぼん>
<きん魚づくし ぼんぼん>1842年頃(天保13年頃)
「金魚づくし」シリーズはこれまで8図が確認されていたが、本図は9図目として新たに発見された作品。「ぼんぼん」とは盆の時期に江戸の女の子たちが手をつないで歌を唄いながら町中を歩いた遊び。女の子は金魚、子どもたちが手にする団扇は掬い網、金魚藻は柳に見立てたものと見られる。唄いながら、小さなオタマジャクシが、姉さん金魚にしっかりと手をつながれている様子にも国芳らしい温かみが感じられる作品。
[後期展示]

<新板子供遊びの内 春のあそび>
<新板子供遊びの内 春のあそび>1841-42年頃(天保12-13年頃)
春すなわち正月の遊びに興じる子どもたちが描かれる。かるたや双六遊びをする中、取っ組み合いのけんかが始まった様子。大きなお供え餅や富士山が描かれた衝立もお正月らしい。
[後期展示]

<しんば連 魚かし連 市川三升へ送之>
<しんば連 魚かし連 市川三升へ送之>1849年(嘉永2年)
嘉永2年に作られた大型の揩物で、当時、江戸を追放され大坂にいた父五代目市川海老蔵に会うために上坂する八代目市川団十郎へ、ご贔屓の新場連、魚河岸連から贈られたものとみられる。大胆に配された鯉幟、幟に描かれた朱鍾馗と青鬼がにらみ合うダイナミックかつ緊張感のある構図である。
[前期展示]

<坂田怪童丸>
坂田怪童丸 1836年頃(天保7年頃)
描かれている童子は、現在は金太郎の名前で親しまれている。近松門左衛門の浄瑠璃「嫗(こもち)山姥」で扱われて以来、怪童丸の名で呼ばれることが多かった。
鯉を持ち上げる瞬間の怪童丸の力強さ、鯉や水の飛沫などの描写が評価されており、数ある金太郎絵の中でも屈指の名作と名高い。
[前期展示]

<国芳もやう正札附現金男 野晒悟助(のざらしごすけ)>
<国芳もやう正札附現金男 野晒悟助(のざらしごすけ)>1845年頃(弘化2年頃)
戯曲や実録などで、男伊達や侠客として知られる人物を描いた10図揃のシリーズの一作品。野晒悟助は強きを挫き弱きを助ける任侠の徒で、人の災いを省くこと、髑髏の目の中の草を抜くが如くすべしという意味で野晒(野に放置されたしゃれこうべ)の地紋をつけた着物を身につけていた。着物の模様の髑髏は国芳の好きな猫でできており、その上に薄を蓮の花と葉で作った髑髏模様の袈裟を掛け、刀の鍔の模様は、払子、破れ下駄にも髑髏、目には枯れ薄を通すなど、国芳独特の意匠力が示される。
[後期展示]

<相馬の古内裏(ふるだいり)>
相馬の古内裏(ふるだいり)
1845-46年(弘化2-3年)
山東京伝の読本『善知安方忠義伝(うとうやすかたちゅうぎでん)』を題材として作品、平将門の遺児、滝夜刃姫(たきやしゃひめ)が、荒れ果てた相馬の古内裏を巣窟として謀反を企てるが、大宅太郎光国(おおやのたろうみつくに)によって陰謀を挫かれるという内容。元の読本では光国の前で数百の骸骨が戦闘を繰り広げる場面だったが、国芳は巨大な骸骨に置き換え、滝夜刃姫と遭遇する場面を描いた。
[前期展示]

<鬼若丸の鯉退治>
鬼若丸の鯉退治
1845年頃(弘化2年頃)
鬼若丸が鯉を捕らえる前の緊張の一瞬。巨大な鯉と奔流の圧倒的な力と動に対し、機をうかがい、こぶしを握り足を踏ん張り力をたえる鬼若丸の静の対比が見事。陰影を付けられた水流の間から鯉の緋色が妖しく浮かび上がっている。
[後期展示]

<龍宮玉取姫之図>
<龍宮玉取姫之図>
1853年(嘉永6年)
絵巻物、幸若舞「大織冠(だいしょくかん)」や謡曲「海女」にも扱われる伝説を描く。唐の皇帝の后となった藤原鎌足の娘が、日本の父に面向不背(めんこうふはい)の宝玉を送るが、途中讃岐志度浦の海で玉を龍神に奪われてしまう。本図に描かれているのは、鎌足の頼みで龍宮から玉を取り戻した志度の海女が、龍宮の眷属に追われるシーンである。
[前期展示]

<朝比奈小人嶋遊>
<朝比奈小人嶋遊>
1847年頃(弘化4年頃)
頬杖をつきにやりと笑う巨大な朝比奈が横たわり、その下には小人の大名行列が行進している。平服すべき大名行列を不適な笑みで見下ろす朝比奈が大判三枚続の画面いっぱいに描かれた大迫力の作品である。
[後期展示]

<源頼光公館土蜘作妖怪図>
<源頼光公館土蜘作妖怪図>
1842-43年(天保13-14年)
病床の源頼光と宿直で碁を打つ四天王たちの背後に、土蜘蛛が様々な妖怪を出現させている。四天王の一人卜部季武(うらべすえたけ)はさまざまな取締りを行った水野忠邦、頼光は将軍家慶、化け物は取り締まられた人々の怨念という、天保の改革を風刺した判じ絵との噂がたち、人々は化け物それぞれが何を示すか判じることに熱中した。
[前期展示]

<たとゑ尽の内>
<たとゑ尽の内>
1852年頃(嘉永5年)
猫にまつわるさまざまな「たとえ」を題材とした作品。「猫の額に鰹節」「猫背」「猫に小判」「猫舌」「猫も食わない」「猫を叱るより猫を囲え」「猫に紙袋」などが描かれている。本図は大判三枚組で、1図ずつは研究者により確認されていたが、3枚揃っての展示は本展が初めて。
[前期展示]

<みかけハこハゐがとんだいゝ人だ>
<みかけハこハゐがとんだいゝ人だ> 1847年頃(弘化4年頃)
国芳得意の同趣向の作品の中でもよく知られたもの。
本図は、朝比奈三郎義秀が一人で胴をつくり、複数の人間たちが頭部や手を構成している。
[前/後期展示]

<文覚上人那智の瀧荒行>
<文覚上人那智の瀧荒行>1851年頃(嘉永4年頃)
文覚上人が熊野の那智の滝で荒行を行う場面。
文覚上人は凍えるような滝壺に7日間浸かり、ついに意識を失うが、不動明王の脇侍である矜羯羅(こんがら)童子と制多迦(せいたか)童子に助けられる。縦に繋がれた大判三枚続の長大な画面が、滝の落差による水の力を効果的に表現している。
[後期展示]

<夏衣美人図>
夏衣美人図 1845-47年頃(弘化2-4年頃)
大量に摺られる版画と異なり、1点しか制作されない肉筆画の作品。藤の花は元来紫であるが、本図の美人の着物の藤は、群青と緑青系の色だけで表されており、清涼感が漂う。また、僅かに配された朱色と帯の黒色が全体を引き締めている。藤の花は、旧暦では4月頃から見頃となる。4月はまた更衣(ころもがえ)の季節であり、本作は、初夏の更衣の更衣美人の新鮮な風情を愛でたものであろう。
[前期展示]

プレゼント名 「没後150年 歌川国芳展」ご招待券
プレゼント数 5組10名様
応募締切 たくさんのご応募、ありがとうございました!
厳選なる抽選の上、当選された方には直接賞品をお送りいたします。

お問い合せ
ハローダイヤル 03-5777-8600
公式ホームページ:http://kuniyoshi.exhn.jp/
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